当時は各社からポケットサイズで辞書のような厚さの「○○百科」といった類いの、子ども向けの書籍が発売されていました。
その中で、二見書房からは「フタミのなんでも大博士」シリーズが発刊され、第9弾として「プロレス大図鑑」が発刊されています。
初版の発行が1980年5月25日なので、ケイブンシャの「プロレス大百科」よりも発行は早く、表紙にも「日本で初めてのプロレス百科事典」と謳われています。
1980年はタイガーはまだデビュー前。タイガーに関する記事は載っていない…と思いきや、1982年9月30日に発行された9版には、写真や記事が一部差し替えられて、タイガーのページが増えています。
1982年3月25日発行の7版はまだ差し替えられていないので、8版か9版で差し替えられたことが分かります。
カラーページでは、ジャイアント馬場、アントニオ猪木のページが8ページから4ページに、坂口征二、ジャンボ鶴田、藤波辰巳が4ページから2ページに減り、さらに1ページで紹介されていた阿修羅原が削除されています。
そこがミル・マスカラス、スタン・ハンセン、アブドーラ・ザ・ブッチャー、タイガー・ジェット・シンら外国人レスラーとタイガーのページに差し替えられるのですが、タイガーのページは全部で7ページ。結果として馬場&猪木よりも多いページ数となり、ここでも当時のタイガー人気が窺えます。
レスラー名鑑のページでは、「覆面レスラー」の括りの中で、エル・グラン・マーコス、Mr.レスリング2ページがタイガーに、またU・F・Oがソラール、スコルピオンズがブラソスとタイガーの対戦相手として来日した選手に差し替えられています。
また、「新日本プロレス」所属レスラーのページでは、海外遠征中として佐山サトルのページがあるのですが、紹介文の中に「まだ若いので訓練しだいでは、身長・体重ともにりっぱになるだろう。」となっていた箇所が、「タイガー・マスクの正体ともうわさされている一人だ。」と変わっています。