初代タイガーのデビュー戦といえば、佐山氏本人がマスクを受け取ったときにガッカリしたという、手描きのマスクです。

こちらは当方のマスクコレクションより、当時のマスクを再現したものになります。マネキンが小さいため実際に着用したときと見た感じが違いますが(苦笑)、結構、雰囲気は出ていると思います。

初代タイガーは当時放映が決まっていたアニメ「タイガーマスクⅡ世」とのタイアップで生まれました。そのアニメの放映スタートが81年4月20日で、それに合わせたデビュー戦となったのです。そのため、マスクの額の赤いマークやタイツの模様は、その「Ⅱ世」のデザインを取り入れています。

アニメのスポンサーであったポピー(当時存在したバンダイグループの玩具メーカーで現在はバンダイと合併、タイガーの関連グッズも販売)が初代タイガーのマスクを作ったと長い間言われていました。

しかし、後年の研究で、それは間違いであることが分かります。2010(平成22)年発行の「Gスピリッツ VOL.15(辰巳出版)」の当時の営業部長である大塚直樹氏の証言によると、マスクの準備ができていなかったことに気付いた新日本プロレスが、当時の新日本プロレスのポスターやパンフレットなどをデザインしていた「ビバ企画」の奥野哲郎氏に急遽依頼したものだそうです。

目と鼻、口の部分に穴が開いた白いマスクを渡してお願いしたそうですが、ただ、奥野氏はデザイナーであって、刺繍を行う技術は無かったため、ポスターカラーで模様が描かれており、完成したものはゴワゴワしていたものだったようです。

ちなみにマントもマスク同様、シーツのようなものを塗ってもらったようですが、さすがにその出来のチープさに、入場してきたタイガーにリング下で新間さんが「リングに上がったら、すぐマントを取れ」と言ったそうです。

マスクも本人から採寸して作ったものでは無いため、全体のサイズが小さく、目や口の穴も小さかったようで、被るとマスクに引っ張られて突っ張ったようになり、視界もあまり良くなかったようです。

そんなマスクであれだけの試合を行った佐山氏は、やはり“天才”と言えるでしょう。

ちなみにその後TV中継された5月12日(オンエアは5月15日)のクリス・アダムス戦では、このマスクの目と口の部分を大きく開けたものが使用されていますが、佐山氏本人が「自分自身で切った。」と証言しています。

ちなみにこのマスクは現在どこにあるかは不明だそうです。ただ、アダムス戦でカットしたとなると、デビュー戦で使用された完全な物は、残念ながら存在しないことになります。

白髭部分はオリジナルは手縫いだったそうで、こちらも同様に手縫いで再現しています。また、当時新日本プロレスの女性社員によって悪戦苦闘しながら取り付けられたという耳も同様に手縫い処理となっています。

耳の後ろの小さな髭も再現されています。

マスクのデザインが左右非対称になっているのも特徴です。

そのチープさが目立ってしまうデビュー戦マスクですが、目の下の三本髭や、頬からこめかみにかけた模様、頭頂部の模様など、その後の「ぬいぐるみ」「牙付き」「伝説」と続くマスクのデザインの元となったと考えると、記念すべき1枚といえるでしょう。