新日本プロレスで藤波辰巳のWWFジュニア王座に何度も挑戦し、好勝負を繰り広げていたチャボ・ゲレロ。しかし、81年に勃発した引き抜き合戦により、ライバル団体の全日本プロレスに移籍してしまいました。
ただ、その際に保持していたNWA認定インターナショナル・ジュニアヘビー級のベルトを返上せずに王者のまま移籍ということで、物議を醸しました。
「NWA認定」「WWF認定」と言えど、結局のところベルトは各団体が管理しており、ベルト自体も団体が作ったもの、それを持って他団体に行ってしまったのですから前代未聞です。
82年3月7日、その王座に、当時の全日本プロレス所属で海外武者修行中の大仁田厚が挑戦し、タイトルを奪取しました。
その大仁田のベルトとタイガーが保持する(であろう)ベルトの統一戦を行おうという提案を新日本プロレスが行っています。
この発言を受け、実現の可能性について各紙(誌)で論じられていました。
テレビ問題などの諸問題がありますが、団体の垣根を越えた大仁田戦、そしてジャンボ鶴田vs藤波辰巳といった全日本プロレスとの対抗戦を実現させるためにも、まずはタイガーがWWF&NWAのジュニアの2冠王となることが必須となるわけです。
その一歩となるタイトルマッチが「ビッグファイト・シリーズ」で行われるということで、ファンの注目と王座奪取への期待が高まってきます。